「残響の指先」-1

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【第一話:始まりの残り香】

夜10時を過ぎたオフィスに、人の気配はほとんどない。
コピー機の作動音だけが、不自然に静かなフロアに響いていた。

「…まだ残ってたんですね、篠原さん」

その声に、篠原信一(しのはら・しんいち)、55歳はキーボードを叩く手を止めた。
ドアの向こうから入ってきたのは、同じ営業部の若月沙耶(わかつき・さや)、30歳。肩にかかった黒髪と、光沢のあるブラウスが夜の照明に映えていた。

「お前こそ。こんな時間まで仕事とは、感心だな」

「…仕事もありますけど、実は……もう少し、篠原さんと話したくて」

彼女の声は、どこか熱を帯びていた。

篠原は長年の勘で、その言葉の裏にあるものを感じ取った。
彼女はここ数週間、妙に視線を送ってくることがあった。すれ違いざまに手が触れたり、会議中に足先が絡まったり。偶然にしてはできすぎている。

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「話すだけか?」

彼の低い声が、室内の空気をわずかに震わせる。

沙耶は数秒だけ間を置き、静かにドアを閉めた。
カチリ、と鍵を回す音が、小さく室内に響く。

「……話すだけじゃ、足りません」

その瞬間、篠原の中で何かがはじけた。
椅子から立ち上がり、彼女を引き寄せる。細い身体が彼の胸元にぶつかり、思わず息を飲む。

「本当に……いいのか」

「ずっと……この瞬間を待ってました」

唇が重なる。
それは予想よりもずっと熱く、濡れていて、欲望に忠実だった。

彼の指が、彼女のシャツのボタンを外していく。
歳の差を越えた情熱が、徐々に形になっていく瞬間。
ブラウスの隙間から覗くレースの下着が、彼の理性を追い詰める。

「ここで…するの?」

「他に場所なんて、考えられない」

彼は彼女を机に押し倒した。
書類が散らばり、ボールペンが床に転がる音がしたが、どちらも気にする者はいない。

彼女の腰に回した手が、スカートの奥へと潜り込む。
指先が濡れた感触に触れたとき、彼は思わず唇を噛んだ。

「……もう、こんなに…」

「触れて欲しかった……ずっと、前から…」

彼の手が下着をずらし、彼女の温もりを確かめる。
湿った音が室内に広がり、彼女の吐息が次第に上ずっていく。

彼は55歳。
だが、その指先は経験に裏打ちされた確かさを持っていた。
沙耶は彼の名前を何度も口にしながら、体を震わせていく。

「篠原さん…お願い…もう、待てない…」

そしてその夜、ふたりはオフィスという仮面の下で、互いの本音だけをぶつけ合った──。

続き(第二話)の予告

第二話:深夜の密室
——二人の関係はあの夜から一線を越えた。次なる舞台は出張先のビジネスホテル。静かな廊下、隣室の気配、抑えた声、止まらない鼓動。そして、誰にも言えない背徳の時間がまた始まる。

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